私と彼女と先生
私も彼女も彼もみんなこども
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私
窓の向こうマンションの手摺から墜ちる なんども墜ちる 私の残像
死にたいと泣いているのは誰かしら あなた、先生、それとも私
私と彼女
雨を避け人を避けて煙草を吸う すべてを恨んだような瞳が
細い指。綺麗なネイル。香水と煙草の匂い。オトナにみえた。
なんとなく自由そうに見えたのだ 羽を棄てた籠の鳥は
汚されたミンクのコートに包まれて泣いて眠る知らない貴女
傷口の舐め合いをする私達おんなじ人に焦がれていたの
終わらせる勇気が自分にないから、ね、背中を押すのは貴女だといい
どこまでも青い空を見下ろして靴を揃えて躯を脱いで
私と先生
先生は何も知らないいつだって 私も彼を知ろうとしないし
先生に甘えたくなる冬の日は部屋のストーブの前に居座る
先生は、死にたいと思ったことはある? 生きたくない、と思ったこととか。
先生が影で詰ったあの人の住まう世界に先生の影
教科書に載らないことはわからない 檻の中の大きな子供は
本当は先生だって知っている 救ったはずのいのちの末路
朱色に染まりつつある部屋のなか少し寂れた背広を見てた
さようなら。先生、私ほんとうは、あなたの事は嫌いじゃなかった
先生と彼女
あなたはもう私の先生ではなくて、ただの一人の人間なのね
(お前だけ、だなんてあからさまな嘘吐いた唇きれいで嫌い)
花束を抱えた貴方が見てるのは着飾り過ぎたかつての生徒
最初からただの客だと触れ合えば私 あなたを想わなかった
左手に鈍く光るプラチナを奪うことが赦されたなら
爪先の極彩色のエナメルをあなたになぞられたい恋心
あなたから貰った物を棄てるのは勇気がいった 棄てられなかった
彼女
足の爪化粧にキスをくれるひと 明日の朝には知らない他人
愛煙し珈琲の味にも慣れて それでも私は大人になれない
着飾った私を蝶だと呼ばないで どうあがいても蛾でしかないもの
彼女と私
すれ違う名無しの群れのその中にあなたを見つけた わたしを見つけた
雨の日のセーラー服に憧れて煙草を吸ってた午後二時のこと
人の手の檻から逃げ出したくなって 求めた救いは制服の指
失恋はどうでもいいと思えるの ただあなたさえ傍に居るなら
ああいっそ、一緒に死んでほしいなど言ってくれれば抱き締めたのに
共に逃げ、共に生きるその事を、赦されたかった 誰よりあなたに
階段を1段昇るその度に、泣き喚いてくれと願った
頼むから、振り向かないで、一度だけ。私と生きることを選んで。
プリーツが風に煽られはためいて、私は背中を押せないでいる
傘と蝶
ああ愛しのフロイライン
悲しみを歓びなどと嘯けば君が笑ったような気がする
雨はもう降っていたのだはらはらと 君が誰かと踊るあいだに
爛漫に雨など無縁であるべきでフロイラインと君の名を呼ぶ
待ち侘びた言葉もなくて雨音は君の唇に濡れ色を点す
蝶は花、花は水、そして傘は雨。わかってはいる。弁えている。
ひらひらと舞う蝶を追い雨の中 濡れる僕に君は笑った
爛漫に頰笑む君が愛しくて 今日も僕は傘なく濡れる
君がまた花に飽いて帰り着く場所が僕にあるから俟ってる
蝶を俟ち花影潜む蟷螂に 君はまだ何も盗られていない、ね?
雨に濡れた蝶の翅は傷付いて それでも僕は君を愛する
もう一度爛漫に咲いて欲しいから フロイラインと君の名を呼ぶ
花降るは蝶を惑わす毒なのに 僕の傘では役に立たない
もし僕があの花のよう咲けたなら 君を捉えて離さなかった
あの花もその花もみな憎らしい だからせめて花傘をさし
「ただいま」と「おかえり」だけで満たされる 君と生きていくと誓える
そしてまた蝶が花に遊ぶ夜をただ見送って微笑む僕は
ひなたの影
少年はいつもそこにいる
日向にも日陰にもいる少年は、膝を抱えて空を見上げる
死にたくて死んだ君に憧れる 死にたくて死ねないぼくを笑う
一緒に飛んであげるよと言った君が先に落ちてぼくは飛べない
君をまだ愛せているかと問われると わからなくなる たださみしくて
目を閉じて柘榴のような残像が意気地無しだとぼくを蔑む
両耳を塞いでなおも響く声「なんであなたはまだ生きてるの」
一緒だと言ったじゃないか 最期までこの手を繋いでほしかっただけ
魘される君の夢を終わらせたい 触れることなどできないけれど
泣きじゃくり「死にたい」なんて嘆くから ぼくが君にしてやれることは
君はぼく、僕はきみ、だから傍にいる 影に落ちた光をあげる
生きるのは難しいね、だからこそ君に笑っていて欲しいんだよ
「産まれたらどんな名前をつけようか ひなた どうか 晴れゆく道を、」
君がいま生きているこの歓びを、誰より君に伝えたいんだ
彼岸花咲いた野辺に座り込み 君はまだいかなくてもいいの
微睡んだ窓際のひなた空を見る 透明な鳥は今日もどこかで
空を往く鳥の翼に懐かれて あこがれは逝く 君のたましい
高い塀 屋上 鉄塔 幽霊とぼくは空を、天国をゆく
煉情
煉獄に焼かれるような恋だった
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もえぎの頃
愛してもいいならいいと言ってくれ 死んでいったもえぎの初恋
眸を灼いた光がもえぎに反射して 息を呑んだ 鮮やかな午後
制服の白から覗く肌色に 眸を奪われた胸の高鳴り
春が往き 夏が去った秋の日の放課後 眠るお前の傍で
かさついた唇触れる妄想を 押し殺したら、友で居られる、
胸に秘め持て余してるこの恋を お前は拒絶するのだろうか
三度目の春が来れば皆どうせ 若気の至りと埋葬するなら
名を呼んでふざけあえるこの距離を壊してしまう事になろうと、
佐伯芳野
砕け散る覚悟はしてた筈なのに、中途半端な罅だけ遺り
痛むのは夢から醒めた現実で 冷えたシーツに願うまぼろし
失恋を引き摺っているわけじゃない 初恋以上に逢えないだけで
行きずりに肌を重ねる人々にあいつと似てる箇所を探してる
きっと誰にも理解されないだろう 抱かれる度に恋は死にゆき
寝乱れたシャツを脱がす指先の熱に少しの吐き気を覚えた
いつだって望まないまま夜は明けて 望まないまま朝陽を浴びる
うすらいの底に沈めた憧れを 踏み抜く春が、また訪れて、
人混みの中によく似た面影を見た気がしては目で追っている
燻る焔
笑ってるお前に影が見えるのは お前に恋した後暗さか
少しだけ視線が合った昼休み 互いに見えない振りをしている
あの頃は、ただ純粋に笑えてた それが恋だと知らずにいたから
女々しいと誰より自分が分かってる なにもかもお前のせいにしたい
再会を君は苦く思ったろう あの日傷付けた瞳のままで
窓を打つ雨が僕らを閉じ込めて ビジネスホテルの窓は開かない
汗ばんだうなじに触れる指先を罪だと言って罵ってほしい
煙草の緋 消したら始まるふれあいが 儀式のようでいやに、眩暈が、
かさついた唇に触れる指先の苛立つ程に焦がれた温度
今更もう、好きだなんて言えなくて お前が触れた皮膚だけ熱い
愛のない部屋には窓も明かりもない 煙草の匂いとセックスがある
やさしいものを欲しがって唇を触れあわせてる背徳の中
耳許に吹き込む息の熱さより交合う肌と心の冷たさ
煙草を吸う微かな光に浮かぶ肌 まだその腕に抱かれていたくて
幻に抱かれる間はしあわせで 冷めきらぬ熱で砂を噛む夜
いつもただ月明かりだけが満たしてた 抱き合っている夜の沈黙
ふれあいはいつも性の香りの中 痛むのは初恋の爪痕
誰よりも傍に居たいと願っても 声にならない 出してはいけない
カーテンの向こうで月が歪んでる お前はこんな月は見るのか
慰めに安らぐ心はまやかしで 虚しく烟る 煙草と雨に
確かめる術などなくて弄った夜の吐息に期待を殺す
胎内を暴かれる度欲望が 腐り落ちゆき、もえぎは遠く
御崎直
振り向けば君はいつでも高潔で、穢しきれない 穢したくない
好きだとも言えないままに恋をして 君を組み敷く夢ばかり見る
恋をしてそれと認める恐ろしさ 君は受け入れるのだとしても
お前のは優しさでなく卑怯だと、染まる眦にキスをひとつ
受け入れる覚悟もないのに初恋を抱いて残る枯れた欲情
初めての相手が僕でないことに 今更悔やむ、もえぎの日々を
衝動をキスに込めても虚しくて 性の狭間で死にゆく未来
この腕に抱きたかった幻が、自ら殺めたその恋情が、
臆病な心を隠し通せずに、君への懺悔がただ募るだけ
罪人の懺悔は君を恋しがり ただ累々に墓標が並ぶ
恋情
最初から報われないと知っていた お前の友にも戻れないまま
しあわせは遠い所にあるものと信じるお前の肩が寂しい
優しいと勘違いするなんて嘘、優しいお前は俺を見ないから
わかってる お前はどうせ否定する 子供の夢を終わらすみたいに
泣き喚き俺を見ろと言う気もない 爛れたままで終われもしない
お前には触れられもしない深淵に初恋なんてとうに棄てた
何度目の最後を互いに交わしつつ 次を祈って見上げる月の、
かなしくて泣いたんじゃない、それなのに慰めるからまたダメになる
遠い日の影が俺を睨んでる 愛されたいと泣いている
欲深く穢らわしくて浅ましい俺を暴いたお前が嫌い
柔らかなもえぎの頃に恋をした 過ちなのだと信じ続けて
僕達が出逢った意味を募っても 答えなどなくただある荒野
道端の蝉の屍骸に重なった残像 道を違えたあの日の、
愛だとは言えないまでもいとしいと、泣き出しそうな君のまぶたに
初恋を殺めた人は僕でした 独り善がりがみじめに思えて
怖いのは君を愛する僕のこと 未来のない道を見据えること
この罪を告白すらば断罪は君の形で僕を殺すか
いとしさを認めることで朽ちていく、君へのキスに終わりを込めて
堕ちるなら爛れきったこの恋をあの日のもえぎの墓標に代えて
初恋は亡霊になり彷徨える 爛れても尚お前が恋しい
物語に寄せて
その花が散るまで
晴るる日はあたたまりあう輪の中で さいわいになれ 愛しともがら
クレープを上手に食べられない君を子供みたいねと笑う放課後
私とは真逆のような彼女でも髪の長さは似ている、とても
生きていく呪いをかけるよう紡ぐ 「僕を憶えていて」「忘れないで」
噎せ返る紫煙の中にひとりきり 「それでも私はしあわせだった」
左眼に紅を一輪差している あなたの肌は乾いた白磁
さよならに代わる言葉を探してる 別れの花を手向ける折に
うららかな風の吹く日の夕間暮れ 墓標の花の二輪咲いてる
生きていく呪いをお前にかけるなら「僕を忘れてくれ」と一言
ねぇあなた、憶えていますか あの丘でふたり流した涙の温度
糸が切れ頽れるあなたをいだく 腕の中に響く慟哭
「好き」とただひとこと言えば何もかも無かったことにできなくなるね
衝動や冗談じゃない もうずっと抱えてきたんだ 罪の告白
くちづけも躰の交わりさえもなく ただかなしくて抱き締めていた
救われたい人ほど救いたがるからあなたの手は俺が握りたい
やさしいという形容の違和感をぎこちない触れ合いに塗り込む
浮かんでは明滅する蛍灯を手のひらに抱いて笹を流す日
恋をした 彼を忘れられなくて そして知る 彼も恋をしていた
降り注ぐ光に憧れていたから 君の未来に光あれと陽
好き嫌い、そんな単純な言葉で答えを見出せやしない僕らの、
もし君が私以外を選んでも、変わらない位置があるその憎さ
明日晴れたら
あなたが愛した人は彼女でなく僕でもなくて熟れた亡骸
貫かれ皮膚を焼かれて裂かれても 憎めなかった初恋のひと
あなたから逃げた僕を捕まえて まだ愛せるなら赦さないで
柔らかく背骨を辿る指先に 猫は震えて泣いているのです
浮き出てる背骨のひとつひとつから君の嗚咽が溢れてきそう
にゃぁと鳴く真似をしてはからかった 猫の笑顔がただ欲しかった
好きという当然のような気持ちさえ私たちには赦されていない
もう何も考えなくていいくらい泣きじゃくりたい 貫かれつつ
いつの日かしあわせだったと知るのでしょう だから今は不幸でいさせて
味気ないビジネス街の街燈が照らす沈黙 夜の憂鬱
ロータリのテールライトが反射して雨に帰る家が見えない